『租税実体法の解釈と適用・2』
【第一篇
租税実体法の解釈方法】
第五章
事実認定方法論序説
―事実認定において納税者の見解と課税庁の見解は何故対立するのか−
札幌桜税会会員 佐々木 幸徳
はじめに
「事実の認定は証拠による」「証拠の証明力は裁判官の自由なる心証に委ねる」=裁判の基本原則……行政手続に共通の法理
(課税処分の前提である)課税要件事実の認定において
《同一の証拠資料を取り上げながら》納税者と課税庁の見解が対立
→その原因はどこにあるのか。 ⇔ 問題提起
↓
税法学の基本問題
更正処分の報道:納税者の殆どが「見解の相違である」 ↑
→何が見解の相違なのか。 ⇔ 問題提起
一 事実認定の意義
課税処分は、事実の認定を前提として、これに租税法規を適用してなされる行政処分
この租税法規→「租税実体法」
租税実体法:課税要件とその法律効果である納税義務を規定
課税処分は、租税法規という租税実体法を大前提とし認定事実をこれに当てはめてなされるという法的三段論法によって成立する法的判断の結論
課税要件は各種の法律事実によって構成
事実の認定(確定)にいう事実とは法律事実
→事実認定は法的視点から考察することが必要
租税実体法の法律要件事実を充足すれば→納税者には…納税義務及び確定申告義務発生
課税処分:納税者において納税義務を充足しているにも拘わらず、確定申告が一部充足していないか、全然申告していないときに、課税庁が租税実体法に基づいて、租税法規に則し是正する行政処分
事実認定における事実=それ自体、過去における歴史的事実→改めて法的に再構成必要
それは、経験則に即して認定してはならないし、心証形成において心の偏りがないように努め、通常一般人であれば合理的な疑いを残さない程度の具体的確信に至る心理状態において初めて、法的視点からの事実認定が可能
このような視点に立脚する限り、事実認定においては納税者側と課税庁側に食い違いの生ずることは理論的にはあり得ない筈。
二 納税者側の「見解の相違」の原因
現実には、重加算税を伴う更正処分企業の代表者の殆どが「見解の相違である」
(同じ証拠に依拠しながら見解の相違)⇔事実認定に相違の生ずる筈がない…のに
「疑わしきは納税者の利益に」解すべきであるとする考え方:
近代法の原則である刑事法の「疑わしきは被告人の利益に」の法理と同一に解するもの
刑事法の「罪刑法主義」の原則→法の解釈・適用について疑わしい場合には、被告人の利益に解釈・適用しようとすることは正しい。
租税法:侵害規範としての同一側面をも有する→近代憲法の租税法の基本原則である「租税法律主義」の原則も同一次元で考えられる→刑事法の命題と同様に、租税法の解釈・適用においても、「疑わしきは納税者の利益に」という租税法の解釈原理として考えられた
しかし「疑わしき」の理論は事実認定の問題であって、法解釈の問題ではない。
(理由):申告納税制度のもとにおいては、租税法の解釈の第一次的責任者は納税者であり課税庁ではないから、何人においても通常租税法上許される解釈方法を施しても法規の意味内容を明らかにできないような規定があるとすれば、それは租税法律主義の原則の一つである課税要件明確主義に反し無効となる、から
→事実認定において疑わしい場合には、それは単なる見解の相違ではなく、そのような疑わしい状況の下で課税処分が許容されるか否かの法律上の問題
→租税法規が許容している場合のみ適法
たとえ実質的に公平課税の原則を強調しても、法の外形的存在である「租税法律主義」を全く無視することは許されない。
この要請に応える→「推計課税」(所得税法156条、法人税法131条)の規定
推計課税は事実認定の問題 たとえ実額が把握できなくとも一応の合理性が保持できる限り正義、公平の視点から課税処分が許される⇔従って実額を前提とする「青色申告」に対しては推計課税を禁止…納税者の備付帳簿の信憑性を否定する場合には、納税者の帳簿以上の信憑力ある証拠資料を示し、それにより合理的な疑いを超えた具体的確信に至る心理状態においてのみ初めて法的な事実認定ができ、その結果、課税処分が許容
→納税者の主張するような事実認定における「見解の相違」は生じない
課税庁:納税者の申告が誤っているとして更正するときに、基本的には納税者において当該事実を明らかに誤認した場合は、正しい事実に認定し直して是正すれば足りる
→「見解の相違」の問題は生じない。
では、課税処分をめぐって、納税者と課税庁との間で法理論的に「見解の相違」が生ずるのは、どのような場面か。
課税要件事実を確定し、租税法規を解釈・適用する前提として、当該租税法規の解釈・適用において課税庁と納税者との間に法解釈・適用自体に「見解の相違」がある場合
→事実認定に対立の生ずる原因の大部分
三 法の解釈・適用における「見解の相違」によって事実認定に見解の対立を生じる場合
課税庁と納税者との間に対立することの多い事例:
(1) 法人は営利目的の経済的合理人→経済的不合理な行為計算は否認可能
代表的事例:
・法人の資産を無償で譲渡、低廉譲渡した場合に否認され時価による算定をし「寄付金」課税をされる場合
・法人が無利息貸付をすると「認定利息」として通常の金利相当分の収益があったとして課税される場合
・法人が代表者の土地を無償で借りると、法人税法上の「借地権」が生ずるとして「認定権利金」「認定賃料」を算定し課税される場合 等
課税庁はその法的根拠として「経済的観察方法」と称して法人税法132条(同族会社等の行為又は計算の否認)規定を用いるのであるが、このような課税が許されるのかが事実認定の問題として争われるケースあり
(2) 納税者において、“節税行為”をしたところ、課税庁から「租税回避」行為とし
て否認される場合
課税庁:公平課税を根拠とし、納税者の行為計算が租税負担を不当に減少すると認めて否認する⇔納税者は法令の許容する範囲で最小限の税負担で行動する権利がある
節税と租税回避の区別をめぐり両当事者に見解の相違として事実認定が争われるケースが少なくない
(3) 納税者の過少申告額が金額において多額→「重加算税」(国税通則68条)⇔少額ならば「過少申告加算税」(同法65条)と課税庁が賦課決定するケースあり
その根拠:「ことさらの過少申告」の判例(*)を理由
⇔過少申告の金額の多寡だけで加算税に差異があるのかが、見解の相違として争われる。
(*)最高裁昭和48年3月20日判決(刑集27巻2号138頁)
四「実質主義」(経済的観察方法)に基づく事実認定に依拠する誤謬
三(1)のケース:「経済的観察方法」に基づく同族会社等の行為・計算の否認による課税が許されるのかが事実認定の問題として争われるケース
課税庁の理由付け:法人が経済的合理人であることを根拠に、営利の目的を持つ法人の行為計算としては許されないとして法人税法132条を用いて否認する根拠〜「実質主義」(経済的観察方法)に基づく
しかし「実質主義」=もともと仮想行為、虚偽表示、事実の隠ぺいがあったか否かの事実認定の問題。税法固有の問題ではなく、法律一般の適用に当たり当然に行われている原理
事実認定においては「経済的観察方法」はあり得ない。
「経済的観察方法」:理論的には権利(財産)の評価の問題に過ぎない。
納税者の行為計算を否定し、新たに算定した行為計算を課税庁が認定できる認定権を与えたのが法人税法132条
→これに基づいて経済的視点から合理性があるか否かを論ずるのではなく、法的視点からみて、不自然・不合理、つまり異常性・法形成の濫用があったか否かで判断すべき
→法人の資産の無償譲渡(低廉譲渡を含む)や無利息貸付が収益性を生ずるのは法人税法22条2項の問題で、法人税法132条の問題ではない。(法人税法132条は、法体裁上も収益発生の例示規定)
企業会計では無償による資産の譲渡に収益が生じない→(従来)法人税法132条を用いて純経済人という理論を構成し企業利益と課税所得の架橋をしてきた。
しかし租税法が法である限り法人税法22条2項の課税所得金額の計算の通則という法的視点から解釈・適用すべき
法人による代表者の所有土地の無償使用も民法593条の「使用貸借」として適法と認められる。
→このようにみれば、事例(1)のケースは、法解釈・適用の誤りが事実認定の相違となっている
三(2)のケース:節税と租税回避の区別をめぐる見解の相違として事実認定が争われるケース
(このケースは、節税と租税回避の相違の無理解に起因する。)
納税者は、法が禁止しないで私法上の選択可能性があれば、最も少ない税負担の取引を選択して行動する →結果として税負担が減少しても私法上は適法有効な行為
租税回避行為:(租税法という法の尺度からみれば)納税者の行為計算が、不自然、不合理即ち異常であって、租税法の見地からみれば租税法律主義に反し法形成の濫用と認められるかどうかで判断すべき
濫用性とは法概念 →これに反しない限り、たとえ、その取引が税負担の減少を伴うとしてもそれは節税行為であって否認できないと解すべき
五 法解釈・適用の誤りが事実認定に見解の相違となって表れる場合
三(3)のケース:過少申告額が多額時には「重加算税」、少額時には「過少申告加算税」の賦課決定をするケース(過少申告の金額の多寡だけで加算税に差異があるのかが、見解の相違)
通則法68条の重加算税の規定:「隠ぺい又は仮装」を要件としているので、要件事実に該当しない限り、たとえ申告漏れの金額が多額であったとしても重加算税とはならず、過少申告加算税にとどまる。
課税庁:重加算税は故意か否かは要件とされない→申告漏れの額が多額であれば「隠ぺい仮装」の申告があったと事実認定して重加算税の賦課決定をした(ものと思われる)
根拠:最高裁判決等「ことさらの過少申告」
最高裁昭和48年3月20日判決「ことさらの過少申告」→逋脱犯に該当判示
最高裁平成6年11月22日判決、最高裁平成7年4月28日判決:「ことさらの過少申告」を引用し重加算税の賦課要件を説示
しかし最高裁は、「ことさらの過少申告」:当該申告が隠ぺい仮装した申告であることの確定的な意図のもとに、その意図が外部からも確実に識別できる事情が明白に認定できる申告であることが認められる場合(外部的付随事情という)にのみ重加算税の賦課決定が適法であると判示 →重加算税の法解釈・適用の誤りが事実認定の「見解の相違」となって表れた
租税法規を法的に解釈・適用しないで経済的視点から解釈・適用したり、「国庫説」に基づいて国庫収入確保の見地にのみ傾斜し考察した結果が「見解の相違」となって表れた。
六 税理士よ「法律家」たれ
シャウプ勧告:税理士は専門家として「行政制度について見識のある批判を加える能力があるから、このような制度は、行政事務全般にわたる牽制として役立つのである」
→税理士は租税実体法の解釈・適用においても、法的視点から考察すべき
(かつての)法人税法132条の適用が、殆ど同法22条2項の適用によって解決されたように、正しい法解釈が正しい事実認定となって表れる。
「税法は争うことにより法解釈が発展する」:「司法国家」の下、正しい法解釈は究極的には司法裁判が判断してくれることを意味する
裁判所の判例があるから、これに従うのではない。その判例に至る過程を導き出したのは、法律家としての税理士等の活躍があったから
司法の判断の根本には法の一般常識あり。⇒「租税正義」を基調とする法的思考方法が「法律家」の仕事
事実認定をめぐる見解の相違を突きつめていけば、結局は、租税法の正しい解釈はどうあるべきか、「法律家」とは何かという問題に到達する